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円空:仏師の円空上人が彫った円空仏は生涯12万体という伝説!

なんて、心温まる微笑みを浮かべる
仏(ほとけ)さんなんだろう!
この円空仏に出会ったら
自然に微笑んじゃうアナタがいる。

今回はアナタも僕も気付いたら
『ほっ』と微笑んでしまう

美意識の達人をご紹介したいです。

こんにちは!
日本美意識本舗:オーナー・筆者
絵師・イラストレーターのアオキシロウです。

今回お届けしたいのは
円空仏(えんくうボトケ:エンクウブツ)を
彫った円空(エンクウ)さんという修験僧さん。

アナタが円空仏の前に立って面と向かうと
あなたの心にすっと自然に入ってきて
思わず安心して笑顔になっちゃう。

円空(えんくう)さんという人は
江戸時代の修験僧さん。

全国各所に「円空仏」と呼ばれる独特の持ち味を
醸し出す木彫りの仏像を
彫った仏師でもあり歌人でもあった人。
彼は”円空仏”を生涯に渡って
12万体も彫った・・・と・・・うっ、スゴいっ!

僕とアナタ、日本人の心の片隅に
佇む内神様ではないかと
思わせる
魅力溢れる円空さんの仏像さん達。
ちょっとだけ
会ってみてください
(^^)

円空:55秒早わかりプロフィール

如来立像(東京国立博物館蔵)/出典:wikipedia

円空(えんくう)
西暦1632-1695(寛永9年~元禄8年)に生きた
江戸時代初期の修験僧であり仏師・歌人です。

美濃の人。美濃とは現在の岐阜県。
円空さんの生まれは
岐阜県羽島市竹鼻町とされています。

岐阜県羽島駅前には
円空さんが一刀彫りという
鉈(ナタ)で簡素に掘り上げる
円空仏(えんくうボトケ:エンクウブツ)
象徴となる
モニュメントが立っています。

全国各地を訪れ遊行しながら
円空仏を彫り続け修験僧を全うし
64歳の人生を生きた人物。
日本の各地で親しまれ愛され続ける
円空(えんくう)さんと円空仏なんです。

岐阜羽島駅前にある円空の一刀彫のモニュメント/出典:wikipedia

円空が彫った円空仏(仏像)は生涯12万体も。

円空さんは、一つの所に定まることなく
人々を救うために日本全国・諸国を遍歴、
布教しながら全国各地の村落を遊行(ゆぎょう)しながら
円空仏(えんくうぶつ)と呼ばれる
独特の作風を持った木彫りの仏像を
多く残したことで知られる遊行僧なんです。

一説によると、
円空さんが日本各地に残した仏像(円空仏)の数は
生涯にわたって約12万体も彫ったと言われています。

・・・スゴいよね(汗)・・・円空さん(*゚▽゚)

円空仏/出典www.enku.jp/

なんて優しいお顔をしてるんでしょう。
この微笑みで江戸時代の人々は何度となく救われたことか。
平成の今もなお
全国各地に残る素朴で荒削りであるけれど
なんとも、微笑ましく人の心を救ってくれるパワーを
発し続ける円空仏(えんくうボトケ:エンクウブツ)さんは
地元の方々に愛され続けてます。

円空のココがスゴい! 円空の魅力!

飛騨高山:千光寺の円空仏/出典:hidakannon.jp/

円空さんのココがスゴい!
と誰もが驚くのは、
日本各地を巡り
生涯で12万体あまりの仏像を彫った
伝えられているところでしょう。
これだけでも、円空さんはスゴい!

64年間の生涯で単純計算しても
年間1800体以上もの仏像を
彫ったことになるんだから、もう信じられない。
まさに尋常じゃない。まさに驚異的!

現在までに約5,300体以上の像が
発見されているらしく
円空仏は全国に所在し
北は北海道・青森、南は三重県、奈良県まで及んでおり
その多くは寺社、個人所蔵が多く
愛知県内で3,000体以上、
岐阜県内で1,000体以上を数えるほど
円空の作品と伝えられる木彫りの仏像が
数多く残されていいるそうです。

これほど、多くの木彫りの仏像を作りながらも
ひとつ一つがそれぞれの個性をもっていて
同じ顔は一つもなく
地域の庶民の心の拠り所
となる
豊かで
心温まる仏の像を残しているトコロが
円空さんの超スゴいトコロなんです。

ちょっと異色な「立ち木彫り」仁王像(千光寺・高山市)/出典www.enku.jp/

飛騨高山:千光寺の円空仏の仁王像は珍しい!

飛騨高山の千光寺の山門の仁王像は、
自然に生えていた木を立ったまま
刻んだといわれる珍しいものだそうです。

立木にはしごをかけて仁王像を彫る円空さんの姿は
「近世畸人伝」の中で挿し絵つきで紹介されています。

その後この立木彫りの仁王像は
しばらくそのままの状態で立っていたともいわれていますが
痛みが激しくなったので150年ほど前に
切り取られ、その仁王さまが、下の写真です。

円空が仁王門近くの樹木に直接刻んだとされている仁王さま。/出典:http://www.geocities.jp/setohira/kinko-senkouji.htm

円空が彫った仏像は何体?  その円空仏の特徴は?

12万体もの膨大な数の仏像を彫ったと言われていますが
円空仏を観察して面白いのは
仏像をつくり始めた初期の頃は丁寧に
「仏様らしく」彫っていたということ。

初期の仏像には背中も土台も彫られています。

しかし、日本全国、九州から北海道まで
遊行して周っていくうちに
多くの苦しんでいる人たちと出会う。
その実情に直面して
「時間をかけて彫る」ことから
「たくさん彫る」ことのほうが
より多くの人を救えるというように
円空さんの考え方が変わって
いったんでしょう。

だから、
後期になるにつれ
作風も簡素なものに変化していった。
後期に彫られた円空仏は
土台も背面が彫られていない
円空仏が多い理由がここにあります。

修験僧:円空さんと円空仏の微笑みは
日本各地の村々の人々に愛され続ける。

飛騨高山:千光寺の円空仏:善財童子像/出典:hidakannon.jp/

僕は想像してみたのですが
日本全国を遊行していた円空さん。
立ち寄った村落で人々のために
仏像をせっせと彫り
進呈していった僧の円空さん。

その珍しい人物の噂は
人から人の声で伝わり
日本全国に噂が広がる人気者の円空さんに
きっと、なっていたのでは?

円空上人さんが、オラが村に訪れると
村の皆の衆は、きっと、こう言ったのでは・・・
『円空さん、オラが村にも・・・
仏さん・・・
彫っておくんな。
 円空仏さんを、彫ってくんなまし』
 ・・・と

気軽に声を掛けられる人柄と
優しさがにじみ出て
愛され親しまれる円空さん本人に
村の民は
声をかけられたんじゃないかと
・・・思い描いてしまうのです。

円空さんの彫った円空仏からは
円空さんの美意識が感じられ
何より笑顔と人柄を感じれてなりません。

ものスゴく親しまれ
愛された円空さんだったと感じるのです。

飛騨高山:千光寺の円空仏/出典:hidakannon.jp/

こんな素敵で心温まる笑顔の仏さんを
村にいただけたならば
村民は気持ちが明るくなり
なんか幸せになって
笑顔を生み出したと想像できます。
円空さんと円空仏のパワー、ココがやっぱり、スゴい!

円空仏のココがスゴい! 円空仏の超魅力!

日本全国・各地を訪れ遊行(ゆぎょう)した円空さんは
訪れた土地土地にある森・山林の木を素材にして
あまり手数を掛けずに仏像を彫ったそうです。

円空仏の表面には塗料も何も塗らず
鉈(なた)で木を割った時の切断面や
節(ふし)や鑿跡(のみあと)が
そのまま見える像が多く見受けられます。

その円空仏(えんくうボトケ:エンクウブツ)は
絢爛豪華に着飾ることなく
彩り鮮やかな色彩を施すことなく

木の生命力をそのまま感じさせ
土地に人々の暮らしに染み込む優しい素朴

その土地の人々の顔が思わず微笑んでしまう
心の支えになる仏様を蘇らせ彫ったのです。

ココが円空さんの、さらにスゴいところ
そう感じています。

だからこそ、江戸時代から平成の現在も
円空仏(えんくうボトケ)はその土地の
多くの人の心を惹きつけて離さないのだろう
と感じてしまうのです。

韋駄天像:大幢寺(高山市一之宮地区)/出典www.enku.jp/

この円空仏。
鉈(ナタ)で荒く削られ彫られ仏さま。
装飾を一切省き、ダイナミックに潔く
簡素でありながら、木肌の温もりと感じる木目模様。
そして、何とも言えない味を出している
円空仏の微笑み顔。
人々を惹きつけてやまない魅力が
そこはかとなく、滲み出しています。

国指定天然記念物・臥龍桜が境内にある大幢寺の所蔵。
昭和56年1月に村の有形文化財(美術工芸品)に指定。

円空仏の特徴は”どれ一つ同じでない微笑み”
人々の心を救う慈悲に満ちたほほえみ。

飛騨高山:千光寺の円空仏/出典:hidakannon.jp/

円空仏は、
約300年も昔の彫刻であるにも関わらず
平成の今でも人々の心を惹き寄せる魅力に溢れています。

その超魅力は慈愛に満ちた「微笑」にあると感じます。

円空さんが彫る円空仏の特徴は
数え切れないほど多く彫られたのに
同じお顔の仏像はなく
どれひとつとっても個性ある微笑みがあるところ。

円空さんが彫る
いろいろな円空仏:ホトケさまは
一般的に柔和な表情の観音菩薩・地蔵菩薩だけでなく
いかめしい怖い表情が多い仁王像や不動明王に至るまで
観る者をホッと安心させてくれる微笑みを
口元に浮かべているんです。

飛騨高山:千光寺の円空仏/出典:hidakannon.jp/

そんな微笑みを浮かべる円空仏さんが
『人間は誰一人、同じ人間はいませんよ。
 生まれてくる土地や時代や環境も違うのだから
 あなたは他の人と同じじゃないのです。
 だからこそ
 あなたにはアナタの輝く個性がある。
 それは、他の人が真似できない微笑みと
アナタらしい個性なんですよ。

 だからこそ
 他の人を羨ましがったり、妬んだりすることはやめ
 アナタ自身の素晴らしさに気付きなさい。
 そして
 世界に唯一のアナタの個性・持ち味を大切にしなさい。
 そして
貴殿の尊い命を慈しみ

 いつでも、明るく微笑みなさい。
 幸せは、そこから生まれるのです。』
とでもさとしているかのように感じるのです。

思惟菩薩(下呂市金山地区)/出典www.enku.jp/

この円空仏も
ホントにいい顔している。
ホントに心温まる微笑みです。

下呂温泉で知られる岐阜県の中部にあたる下呂市金山地区で
愛されている円空仏のひとつ、思惟菩薩。
金山地区内のある集落で、
民家が1カ月ずつ供養している円空仏だそうです。

次の家に運ぶときに、仏像を負ぶって運ぶことから
「おばれ円空」と呼ばれるようになったそうな。
本当に、地域地場の人々に愛され続けている仏様。

円空仏と円空さんは、現在の今も
人々の暮らしの中で生き続けているんですね。

円空仏の持ち味の一つ”木っ端仏”は
円空さんの魅力のひとつ。

円空仏のもう一つの顔、「木っ端仏」の代表作
荒子三十三観音群(名古屋市/出典www.enku.jp/

一説によると、日本の各地の現場を訪れた際に
道端に転がってる木の破片を削り彫った
いわゆる「木っ端仏:こっぱぶつ」を
円空さんは多く彫刻していたそうです

鉈(ナタ)でバッサバッサ荒削りした仏像であっても
円空さんの慈悲の心が滲み出た円空仏の微笑みは
江戸時代、飢えや疫病や災害に苦しんでいた
日本各地の多くの民衆に安らぎを与えていたんだろうと
確実に思えるのです。

その証拠に、今もなお、日本各地の地元の方々が
円空仏を捨てられることなく
大切にされ受け継がれています。

円空の生涯、円空上人の生きざま

円空上人画像(千光寺蔵)/出典:kankou-gifu.jp

円空(えんくう)さんは1632年
江戸時代の初期:三代将軍家光のころに
美濃の国(現在の岐阜県)に生まれました。

円空さん生まれた地域は
長良川と木曽川に囲まれた土地であり
大雨が降るたびに洪水が村を襲う貧しい土地でした。

円空さんが7歳のとき
長良川の洪水でお母さまを亡くしてしまって
ひとりぼっちになった円空は
尾張(愛知県)の寺に小僧として預けられ
下働きの日々と厳しい修業をし
菩提を弔うために仏教を勉強し始めました。

母を亡くした契機に
窟ごもりや山岳修行するようにもなりました。

そこで、円空さんは
すべての人が平等に救われるのだという悟りを
開いたと言われています。

美濃国を拠点としながらも
修行を重るため全国を行脚・巡業し
各地の寺院の住職や民衆たちと交流を深めました。

そして、困っている人を救うために
鉈(ナタ)とノミで仏像を彫りつくり始めたのでした。

その仏さまが、後々に
円空仏(えんくうボトケ・エンクウブツ)と
呼ばれる木造の仏像だったのです。

馬頭観音菩薩:市民ミュージアム委託(美濃加茂市)/出www.enku.jp/

混沌の江戸時代に生き
日本の北から南の諸国を渡り歩いて
庶民の心の救済をして歩いた修行僧:円空さん。

その足跡は美濃・飛騨から
近隣の愛知・滋賀・長野などにとどまらず
近畿・関東・東北・北海道にまで及びました。

病気になったと聞けば訪ね
病に苦しむ人々に薬師像を。

雨が降らぬと聞けば祈り
干ばつに苦しむ人々に竜王像を。

災いがあったと知れば駆けつけ
災害に苦しむ人々に不動明王像を。

悩み苦しむ人々に菩薩像を。
限りある命を救うために阿弥陀像を。

道端に散らかり捨てられている木々を拾い
仏として蘇らせる木っ端仏(こっぱぶつ)を
作ることを
自分自身がこの世に生まれてきた使命である
悟ったのでしょうか・・・

昼夜を問わず彫り刻み歩いた人生。
その64年間の生涯のうちに

なんと12万体もの仏像を彫り残したと
伝えられています。

そのほとんどの円空仏のお顔は
非常に慈愛に満ちた表情をしており
1体1体が本当に親しみのある
愛情深い表情で微笑んでおります。

1体1体が、この世に生まれてくる人間と等しく
すべて違った個性を持った微笑み仏なんです。

時代を超えて人々を引き付け、
そして見る人を柔和にしてくれるのが円空仏です。

この微笑みと慈悲の円空仏の笑顔は
いったい何人の人を救ったでしょう?

彫った数も尋常ではないですが
日本全国を祈り歩いて円空上人と
円空仏に救われた人の数も
数え切れないと感じます。

善財童子像/出典kankou-gifu.jp

やがて、一所不住ともいわれた円空は、
自ら再興した岐阜県関市の弥勒寺に
落ち着くようになり
その拠点に円空仏を彫り続ける旅を続けました。

12万体の仏像を彫り還暦を迎えた円空上人は
1695年、母の命を奪った長良川を入定
(※生きたまま自分で掘った穴に身を修め、水や食を断つ)
の地と決め
弥勒寺境内の同川の畔で即身仏として
その生涯を閉じました。

円空さんの身体は天に昇っても
円空さん魂と、円空さんの魂が宿った円空仏は
今でも永遠に微笑みを私たちに贈ってくれています。

まとめ

何かといろいろとストレスの多い人間社会。
その時代の流れに生きる現代人。
円空さんが彫った円空仏を実際に観た方々は
「円空仏のやわらかい微笑みに触れて
 慈悲の微笑みを浴びると癒されます」
と皆、感動の言葉を声に出します。

その通りだと感じるのです。
さらに
円空仏を見入ると
素朴で荒削りな外見だけれど
ダイナミックな迫力と
その仏の内面から
湧き上がってくる力強さ・波動によって
励まされ鼓舞され心が耕されるていく。
そう感じてなりません。

円空仏はものすごい数があるけれど
同じ表情の仏像は、一つもないのが特徴です。

円空仏はお金持ちの貴族・豪族らから
依頼されて作った絢爛豪華な饒舌な
芸術作品ではありません。

円空さんが、人生の使命として
自ら苦しむ人々のために
彫った贈り物だと感じるのです。

機会を見つけ、時間をつくり
円空さんと円空仏と対面し
対話をする旅に出てみてはいかかでしょうか?
円空さんは、きっと語りかけてくると思います。

いったい、円空さんは、どんな所で
円空仏を彫っていたんだろう?
僕自身も機会をつくり
円空さんと円空仏に出会う旅を
したいと思い願っています。

円空仏の画像・写真を紹介していきます。

円空仏は数多く存在しますので
この『日本美意識本舗』の場で
また違った円空仏さんの微笑みの
画像・写真を掲載していきたいと思います。

実際に、円空仏さんに
お会いできる場所についても
引き続き紹介していきたいと思います。

『日本美意識本舗』では、アナタのパワーと元気を
発する美意識の達人たちを紹介していますので
ぜひ、覗いてみてください。

この記事の巻末に著者:アオキシロウの詳細プロフィール
を紹介していますので、ご覧ください(*゚▽゚)

アオキシロウの史朗画『雨が降ろうがあの釣り場へ』

絵師・イラストレーター:アオキシロウの美人画

 

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絵・画・ビジュアルを描く表現者・絵師・イラストレーターです。
独自の世界観・美意識で創作表現をお届けしております。

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社会をつなぐ橋渡しのお仕事をしています。
また、著述家・コラムニスト・ライター
の仕事も携わっております。

▶︎アオキシロウに絵画制作の依頼をされたい方・会社様へ。
お仕事の発注をされる出版社・編集プロダクション・
広告アドエージェンシー・アドプロダクションの
編集者・装幀家・アートディテクター・
クリエイティブディレクター・デザイナーの方々へ

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